魚の玄人が心底惚込んだ"旬の中の旬"をお届けします。


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昭徳丸について

目指すは、長崎県五島・対馬沖。
沖の漁師たちの挑戦。

波しぶきを上げながら魚群を追う「昭徳丸」。網船、灯船、運搬船など5隻で船団を組み、約3週間をかけて漁を行います。現在「昭徳グループ」が所有するのは4船団(20隻)。約400年前、この海域で驚異的な水揚げを誇った伝説の「十字船団」を原点とし、技術とノウハウは今に生かされています。

長崎県五島・対馬沖の海域は、黒潮から分岐した対馬海流が流れ込む世界屈指の好漁場。とはいえ、洋上に印があるわけでもなく、いかに早くポイントを見つけられるか……毎日が闘いです。最新鋭の魚群探知ソナーなども搭載していますが、歴代の漁師が残した厚さ数十センチにわたる記録ノートと、海を知り尽くした漁師のカンに勝るものはありません。もう一つ大切なことは「鮮度の管理」です。瞬時かつ均一に冷やすために、独自の氷砕設備を完備しています。

漁師たちが命と情熱をささげる目的はただひとつ、最高の旬魚をみなさまにお届けするため。その使命を果たすべく、今日も「昭徳丸」は大海原を目指すのです。

昭徳丸漁獲風景
昭徳丸の漁労長


「十字船団」の歴史とともに・・・昭徳丸

昭徳丸の母港・浜串港は、長崎県五島列島の奈良尾町に位置します。
その歴史は古く、一説によれば約400年前に奈良尾港を拠点とし、真
鯛釣りを始めたことに由来するとも言われています。以来、一貫して
漁業を中心に生計が立てられてきました。
伝説の船団として名を馳せた「十字船団」は、驚異的な水揚げを誇
り、他船の羨望を集めていたと伝えられています。
航海の安全と大漁を祈りながら出漁し、他船団の追従を許さないよ
うな漁果をあげて帰港してくるのである。
十字船団が抜群の漁獲成績をあげていたのは、組織のまとまりのよ
さ、漁労作業のチームワークのよさ、海上労働の規律と統制、指揮
命令系統の確立などによるものだと言います。
固い結束のもとに集まった漁師たちは、ひとりひとりが海と魚のプ
ロ。そしてそのひとりひとりの知識、経験、技が集結したとき、大き
な大きな力となる。それが沖の漁師にとって大切なことなのです。
自然の偉大さを知っている漁師達は、決して海の怖さも忘れない。
だからこそ、海の上では気が引き締まります。
真剣勝負の毎日が続き、クタクタになりながらも、漁獲の瞬間は、何
ものにも代えられない喜びなのである。
時代は変われど、先人達の教えは、揺るぎない絆とともにここに在
り、伝説の継承者は、その誇りと、「漁師一筋」を守り続けた昭徳船
団のプライドとともに、次の世代へと伝えられていくのです。
未来へ繋がるすべての人達のために。
そしてまた、新たな伝説がここから始まる・・・。

昭和25年頃の昭徳丸

昭和25年頃の昭徳丸

母港である長崎県五島列島の浜串港

母港である長崎県五島列島の浜串港

水揚げ

獲れたての鮮度を保持したまま各魚市場に水揚げをします。

 
 

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沖の漁師達が陸にあがるのは、1ヶ月のうちわずか6~7日。長崎県五島・対馬沖~東シナ海を中心に、日々漁が続きます。漁師の仕事は、陸よりも厳しい。だけど、やりがいがあり、得るものが大きいと言います。その思いこそ、先人達より受け継いだ漁師魂。日本の生きるを繋ぐことを誇りに、今日も昭徳丸は旬の魚を追い求めます。


まき網漁業とは

魚群を発見すると、網船(本船)が魚群を巻くように投網し、巻き終わると網裾の環網を締めて揚網に入る。そして運搬船が網船(本船)に接近し、網の一端を運搬船に取り付けて漁獲物を収納。通常ひと晩(日没から日の出まで)1~3回の操業がおこなわれる。西日本地区のまき網船団は1航海25日操業(運搬船は常時漁場と水揚港の間を往復するが、網船、探索船は洋上)となっている。

まき網漁業 操業過程図

  • 投網①投網【とうもう】
  • 環締め②環締め【かんじめ】
  • 環締め終了③環締め終了
  • 揚網④揚網【ようもう】
  • 魚締め⑤魚締め【うおじめ】
  • 魚汲み⑥魚汲み【うおくみ
  • 魚汲み終了⑦魚汲み終了
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